多分二年くらい前になると思うけど、その頃の日記に、
「私にとってビデオは行動と、映画は非行動と結びついている、なぜなら私は映画館では全く行動していないからです。」
というような事を書いた覚えがあるんだけど、それを読んだ人は相当私のことをバカだと思っただろうな、と折に触れて思い出す・・
だけどこれは意外に真実で・・・ 映画は自分にとって非常に遠くて、いすにただ座って、自分の何もできなさに、手のうちようのなさに、焦燥しているしかない存在だった。
ハシモトロニカさんが、「田舎に住んでいて、映画が終わって映画館から出ると、急に何もない田舎になって・・」
というような事を言っていたけど、それと全く同じ気持ちが私にもずっとあった。
パソコンもうちには無かったし、世界で何が起こっているのかなんて全然わからなかった。
映画の中の人物たちは今どうしているのだろうと思い続けた。
幼い頃は、映画が終わって、家に帰ると、(前も書いたような気もするけど)、誰と感想を共有するでもなく、誰もいない家に一人でいた。
この切なさについて、うまく説明する必要は余りなく、ただ自分の胸のうちだけを、宇宙のように真空に焦げ付かせ続けていればいいのだろうとは思うけど。
そう言う意味で、映画というのは、自分にとって、本当に実現しにくい、つかめない、自分のものに出来ない、何かなんだと思う。
自分で作ったのに、自分で一つも所有できていないものが作れれば、それは私にとって、成功なのだろうと思うし、同時に、それは、他の人を動かすものでもあるだろうと思う。
だから、自分のテーマ(それについて、私はまだわかっていない・・)、私は、常に着火点でしかない・・・ レンズで光が引っ掛かる、ポイントでしかない・・・ 火で紙が燃える時に一瞬起こる真空状態に心が吸われる感じ。・・・ 私は私で何も選択することができない・・ それは決まっている・・
このアルカイックな考え方を私も採用しよう・・
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