HTRK _Eart Yr Heart Unofficial

MUSIC HTRK "Eat Yr Heart" / Work (work, work)

CAST JURI ASANO

SHOT BY YUSUKE TANABE

PRODUCED BY TOM HARA

DIRECTED & EDITED BY YOKNA PATOFA


出演/ 浅野 珠理
撮影/ 田邉佑介 
美術、原案/ハラ トム、ヨクナ・パトーファ
プロデュース/ハラ トム
監督/ヨクナ・パトーファ

Tuesday, 24 January 2012

サンクチュアリとティッシュの情報的間違い探し




文化は、ガサガサしたティッシュみたいにすれ違い様に配られるようなものでもないし、
こっちが静かにしたい時に直視出来ない程わからない趣味の悪い看板のトラックで現れて気分を萎えさせたりもしない。

読み終わった本や映画館の椅子に触れながらわかった当たり前のことだけれど、文化は電波を超えるしドットも超える 文化は象徴を媒介にして、もっと奥深くの聖域に出会わせてくれるもの。
生きている意味、生まれて来た意味に、出会わせてくれるものだ。

その違いが、地震以来、無関係な部分が遠く離れること大陸移動説のごとし。

私にとってもそうだし、誰かにとってもそうだっただろう。

でもそれでいいんだと思ってる



あまり、誤解を招きたくないし、言うこと自体、悪い面もとてもあるけれど、
ちょっと書いておきたいと思って書きます。

私の、5、6年くらいずっと好きだったバンド、本当に理想だった人たち、彼らのことが、もう、全面的には好きじゃなくなった、

何か大きな幻滅と、無意味化が起こって、曲はまだ、聴けば本当にすごく好きだけれど、以前のようにその音楽自体に成りたいというくらいの気持ちはなくなった。

理由は、決定的なのは、地震と、それ以来続いて来た日常だと思う。
それまでは、その頃ロンドンで流行っていたような世界観とか、オルタナティブな近未来性にも興味がありはしたけど、そして欲望というテーマにも、共感もあったけれど、自分とは全く関係ない事だと、最近完全にそれを自覚した。


彼らは、地震の時も、心配してくれたし、私に機会を与えてくれた。あの人たちほど、今まで私が圧倒的な敬意を同時代で抱く、センスを持つ人はいない。私は全てを混同して好きだった。


ただこれから私が何か映像や映画を作っていっても、彼らの曲とは関係点を一つも見出せないものになって行くだろうと思うし、むしろそうなりたいと思う。
(ビデオに関しては、消したいとも思ったけど、客観的に見て、自分だけじゃなく色々な価値があると思うし、残しておこうと思う)



自分が若い頃に理想に思っていた人は誰なのか?
その人のように、人はなっていくのだと思います。


・・・・・という言葉の中で、



誰もいないなぁ、と思いながらも、自分が無意識にふと思い浮かべていたのは、
ピナ・バウシュのことだった。




私に、今まで、
芸術に、絶望も、幻滅も、コードも、生も死も超え、圧倒的に存在に呼びかけて来る力がある、

と教えてくれたのは彼女だった。


お金を手っ取り早く儲けたい人たちの為に、思慮なく捨てられたものたちで、辺り一面、心の中も、体の見えない細胞も、変化していく
人々は死んでいくが、続いていく精神と肉体情報はその責任と無責任に影響される
私は本来、公開芸術的な人間では全く無く、そのような「情報の中」で、突然変異のように生まれたと思っています。

だからこの荒廃はとても居心地がいいわけだけれど、
その中で思いがけなく出会ってしまったピナ・バウシュの舞踊はまさに絶対的に、私の人間として培って来た記憶や、何かと出会う時使う、感覚の範囲を、はるかに凌駕していた。
私は表現によって、まさに気功みたいだったーー吹き飛ばされました。
その体験だけが、私の芸術観の聖域、唯一の救いです。

彼女のように少しでも、なれるのだろうか?
私があの時感じたものを、自分なりに、やりたいと思う。


ACOのアルバムは、聴いて、私は嬉しかった。日本の同じ時期、そして時代を一緒に過ごしたんだ、過ごしてるんだと思ったし、とても正直で、彼女なりで、誠実だと思った。




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