BLACK MOON, Model Yusei Yamamoto, Shot by Yokna Patofa
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Thursday, 21 February 2013

closer 0 tony: stalemate(追記)





(from the facebook picture)





1
去年翻訳したいと、このブログに書いたデニス・クーパーのGuide・・実は随分前に読み終わり、
とてもいい話だなと思い、自分なりに感動もしたけれど、翻訳は到底出来ないと思っていた。
少なくとも、同シリーズのTryとPeriodをまだ読み終わっていないし、出来れば他の作品も読んでからにしたいと思った。
心の中でそう決めていたのだけど、ブログでやるとだけ書いたまま公にはしていなかったので、もしかしたら期待している人もいるのかもしれない、と思い、ちゃんと書かなくては、と思いました。
少なくともとりあえず時間はかかりそうです。

Guideがどういう本だったか・・・・・。
前にも書いたけれど、SMOTHERED IN HUGSというエッセイ集の中にも入っている、HIVポジティブの(ほぼホームレスでハスラーの)男の子とその周辺の友達についてのドキュメントに一章割かれていて、これはとてもシビアなものになっている。その他も、アーティスティックだけどポルノコミック描いたりポルノビデオを作ったり、ドラッグばかりやってる変わった仲間たちとの群衆劇のような形で物語が進んで行く。当然その中には死への欲動という要素も、その要素を一身に引き受ける、デニス好みのタイプの男の子も何人か出て来る(長髪で、美形で、痩せていて、若くて、夢見がちで・・これらの理想を結集させたモデルが、デニスの実際の初恋の相手、ジョージということになる)。全編通して作家であるデニス自身の語りによって、恋の始まりとそれが冷めてカチカチになる様子が恥ずかしいほど描かれ、愛されたいというピュアな願い、欲望するということの際限の無さがスピリチュアルかつ論理的に分析され、だけど進んで行く現実の解毒剤にはならずに胸を締め付け、白昼夢の中だけで再会すること、音楽、各種ドラッグ、ポルノ(幻想)、ハードコアなセックスが、日常の中に代わる代わる登場していく。
個人的に、この小説で一番なにを感じたかって言ったら願い・・・。デニスのジョージに会いたい、つながりたいという願いを感じた。
このGuideの後、デニスはジョージをモデルにしたシリーズの最後の小説、Periodを書くことになる。
何故なら、それまで、生きていて、自分の小説をきっと何処かで読んでいてくれていると思っていたジョージが実はそのシリーズが始まる前に、自殺していたことを知ったからだ。Periodの最後の方はこんな感じ


7:11: He's screwing me.Hard to write.
7:14: Tried to look back at him.
7:18:Gonna try again.
7:19:Not sure what I saw.
7:22:Had to bite my hand for a minute.
7:26:Excuse me.
7:26:You said something.
7:26:His lips said,No,I didn't.
7:32: Biting my hand again.
7: 38: He rolled me over.
7:39:Worse like this.
7:41:He put his face before mine.
7:42: Looking at me.
7:48:Shut my eyes for a while.
8:48:He's still looking.
8:52:His lips said,I can't believe it.
8:57:Bit my hand.
9:03:He looks confused.
9:05:Worse pain.
9:07:Hard to write.
9:08:Can't think.
9:08:His lips said,I don't believe it.
9:10:He shut his eyes.
9:13:Thinking.
9:14:Might write,I love you.
9:16:Waiting 'til he opens his eyes.
9:18: Waiting.
9:20:He hit me.
9:21:Not sure if I feel it now.
9:22:He hit me again.
9:23: More.
9:24: Gonna shut my eyes

(Dennis Cooper"Period" P.104~105)



Guideはその前の作品で、Closer,Frisk,Tryという順番で、四作目なので、本当ならTryを先に読むべきだったんだろうけど、こっちを先に読み始めてしまった。CloserとFriskは訳されてもいて、どっちも面白い(何日か前の日記にも書いたけど、CloserではSwansのGreedが出て来る。とても似合う。あの曲が似合う小説なんてなかなかないと思う。)。
ただ、ここまでジョージとデニスが強烈につながりたいという思いがダイレクトに来たのはこの小説が初めて。何しろデニス自身が主人公というのもあるんだろうけど。
レズビアンのカップルの扱いが少しひどかったけれど(読んでみたらわかる..)、この人の繊細さっていうか、優しさが全編溢れていた。
これも前にも書いたけれど、2010年くらいだったか、もっと前だったかもしれない、
アントニオ君ていう男の子をネットで知った。ほとんど何の情報もないまま、すごく激しくて個性的と言えば簡単だけど、残酷で得体の知れないヴィジョンに満ちていて、目的不明(少なくとも商業や既存のアートには収まらない)のビデオをyoutubeにアップしていた。神聖ささえ感じるような。・・・多分、ウィッチハウスを流行らせたDisaroレーベルのRobertのfacebookの友達関係だったんだろうけど。彼の作品に感じるものがとてもあり、誰なのか知りたくて、メールを送った。



yoknapatofa:こんにちは
フェイスブックから来ました。
あなたのヴィジョンがものすごく好きです。
あなたに近づきたい。

Re: hi
近づくって?

yoknapatofa:
つまり、あなたの作品がもっとみたいのと、あなたのことがもっと知りたい。


その後多分少ししてから、こんなメールが来た。


Re: Re: Re: hi
ぼくはすごく悲しい気持ちなんだ、ぼくの作品が、ぼくが作ったインターネットのアイデンティティの中でしか自己を現せなくて、形あるものとしてネットの外に存在していないも同然だから。ぼくはただの男、アラバマ在住、21才、名前はアントニオ、録って書いて録って、このページにある全部のビデオと音楽を作っている。これが基本的にぼくが毎日やってることの全て、ぼくは学校へ行っている、一月にシカゴに引っ越す予定、シカゴ出身なんだ、君はだれ?なにをしている?このページにあるものは何も発売したことがない、ロンドンのレーベルからメールを貰ったけど。リミテッドエディションのバイナルをプロデュースしたいっていう?ぼくはそれをするべき?ぼくはこわいのか?それからぼくは画像もあつめてるよ?そして画像を作ってる。インターネットでアートをやるのはすごく奇妙だ。


yoknapatofa (私のバカな返事。この時相手が年下だと思ったんだけど、実際は同い年だった。)
本当??! 私はてっきりあなたが一流のアーティストで、個人的に秘密でyoutubeでビデオを作ってるのかと思ったよ。本当のことをいうと、あなたに"君は天才だ"ってメールを送ろうかと思ってた。だけど、本当にそう思います。
私はあなたの日常にとても興味があります。だけど私は日本人です。あなたがアジアの人が嫌いじゃないことを祈ります。私も同じで、日本の大学生です。それから、映画やビデオを作り、VJをやっています。
レコードレーベルについてだけど、とてもいいことだと思うよ。あなたのヴィジョンと音はとても素晴しいから。だけど悪い大人たちが世の中にはいるかもしれないから、彼らをちゃんと見るべきだと思う..
怖がる必要ないと私は思います。あなたの世界はすごく美しい。

yokna



このやりとりの後facebookでも友達になり、私は彼が面白いと思って、いわばファンの一人として、動きをチェックしたりしてたりしてたんだけど、
ある時ふと気付くと自分が適当に作ったyokna patofaのページにさりげなくlikeしてくれてたりしてて、すごく好きになった。
だが2011年に自分の方は地震があって、自分はそれ以前に興味を持っていたことに価値を見出しづらくなった。
一方で、外国の友達が心配してくれたりしたのは、言葉だけなのに、これが、意外だったけれど、自分には励みになった。
そんな中、トニーは何も言ってくれなかったので、冷たいとも思ったし、
トニーは水瓶座だったので2月か1月だから地震の前だったんだろうか、
誕生日にハッピーバースデーと言ったけど何も返事くれなかったこともあり、
もういいやと思い、それ以降疎遠になった。
2012年の去年、ある時ふと思い立ち、彼のfacebookのページをのぞいてみたけど何も更新がなく、
彼のことだから、もうfacebookを捨てて、それ以外の場所で何か違う活動をしているのかなと思った。
そこで、彼の名前をグーグルで検索にかけてみた。
すると、tumblrに彼の写真と記事がいくつも出て来て、友達の追悼記事がいくつかヒットした。ripの文字と共に、彼が去年の夏にエイズで亡くなっていたことがわかった。
とりあえず、とりあえず、とりあえず、彼にはとても才能があった、人と違うことをする勇気・・何かへの溢れるような情熱?や仲間に対する愛情もあるように見えた。
とは言え、とは言え、とは言え、とは言え、自分が今見ると、彼の映像については、それほどは衝撃を受けなくなっている。だけどだけどだけどだけどだけど、当時は匿名で、何もかも投げ出すようにしてyoutubeにこういう才能が潜んでいるのに驚いたし、とても感動し、共感した。
stalemate、と彼はストレートの大切な友達について、メールで違う友達に話していた。
soulmateのような使い方で、チェスの手詰まりという意味のstalemateを使っていた。
自分もある意味ではそうだよと私は思った。

・・・位は、ウェットなことを書いてもいいだろうか。
時間をかけて友達になれそうな気がしていた。
アントニオ君に、近づけたらなぁと今でも思う。日々生きていて、とても頻繁に思う。

彼の音楽は、彼の死後友達がまとめて、bandcampにvol1,2とページがある。
http://wowbobwow.bandcamp.com/album/ij-i-v-c-i-the-antonio-urdiales-collection-volume-one
http://wowbobwow.bandcamp.com/album/ij-i-v-c-i-the-antonio-urdiales-collection-volume-two

3と、本とCDのリリースも予定されているという風に聞き、チェックしてるけど今の所はリリースはない。

アントニオ君はデニスがすごく好きだった。ネットを漁ると、トニーと親しい友達との文通が公開されていて、私はそれを全部読んだ。かなり疎外されたような気分になる行為ではあったが・・・。彼はその中でデニスについて何度も言及していた。

そしてそのデニス・クーパーは自身のブログに、トニーの追悼記事をのせた。
トニーの友達みんなが、その2日間、思い思いのメッセージを書いていた。

HTRKもBarry Doupeもデニスが好き。

実際、デニスはそういう人なんだと思う。一つのカルチャーの支えになってくれるというか。
Guideもそういう所がある。何かあった時にそこに書かれていた感情の論理とか、光景とか、人物を、生々しく身近に、思い出すような小説。 勿論PTA向け(陳腐な表現で申し訳ない)では全然ないのだけど・・・







2 最近、山形浩生さんと、一度だけアンナ・カヴァンのことをきっかけに言葉を交わさせて頂いた。
ちょうど山形さんのブログでアンナ・カヴァンのアサイラム・ピースについて知り、
この作家の人生と作品の様子について読んで、興味深く思った。

トムも図書館でイギリスの短編全集のような本を借りて来て、
「この人はすごいね、なんであんまり注目されてないんだろう?女の作家だったらデュラス並み(自分はこれについてはまだ保留にしたいが。私がデュラスが好きなのでということなのだろう)だと思うのに。あんまり翻訳もされていないよね。ヨクナ、何か広めるためにやったら?」
と言われたので、
「山形さんに怒られそうだからいやだ。」
と即答したけれど、
「怒られてみた方がいいんじゃない?」
という話になり、自分も、怒られてみるべきかもなと思った。
実際、今、アサイラム・ピースの英語と日本語を同時に読んでいるけど、(まず英語)、ハッキリしているから、デニスより訳すこと自体は簡単かもしれないとも思った。でもその分、一つ一つの単語で全体の印象が変わってきたりしてしまうのかもしれないし、まだわからないが。
山形さんも、他に翻訳された二冊の短編集以外に、宝石があるかもしれないと言っていた。映画とも関連している気がするし、デニスではなく、アンナ・カヴァンにまずトライしてみるかもしれない。
山形さんのことを知ったのは、中学生の時、CUTというカルチャー雑誌を買い始めた時からだ。文化に飢えていた田舎の子供だった私にとって(インターネットもない)、その頃CUTは最も楽しみなことの一つだった。山形さんはその中でコーナーを持っていて、難しいというか、恐そうな人だなと思っていたような気がする。同じ頃、ハーモニー・コリンのガンモを見て、私自身初めてビデオカメラを持った。ハーモニーと違い、私には撮る対象が何も見つけられなかった。ビデオに映すと何もかもが膨れて歪むような気がした。
山形さんのことが気になったのは、ハーモニーの『クラック・アップ』を買ってからだろうと思う。それまで見た事ない様な、ものすごく変な本だった。
考えてみると、全然違うけど、山形さんも文化面において、デニスのような存在でもあるのかもしれないなぁと少し思ったりもした。全然違うけれど。


3,写真が多くなって来て、これから映画の準備にも入ると思うので、一度今月中に、写真をまとめるつもり


それから、ごめんなさい、またtwitter始めていた。



何かあれば気がるに。
突っ込みでも・・・。




Saturday, 9 June 2012

Guide-1

かつて私は一ヶ月くらい、一日に三回アシッドをやって生きてた。夏で、16才。その年の家族旅行でマウイに行ってて、クレイグっていう友達をつくった。素晴しいドラッグのコネクションを持ってる地元のサーファーで、毎朝、一二枚、Lをキメてから、ヒッチハイクで遠くのビーチまで行った。そしてそこで一日中過ごした。ぶっとびながら。白昼夢の中で。わけのわからないことを呟いて。そして、海の中を泳いだ。 
 数週間後、迷走し始めた。少し泳いだ沖に、珊瑚礁を見つけたの。それである日私達はホテルから盗みをやった。トラックをパクって、ホテルの部屋の家具をビーチに輸送すると、我らが略奪品を一つ一つ引っ張っていった。波の中を進み、海の底へ潜って、そして珊瑚礁の中の、この巨大な、洞穴みたいな隠れ家に、椅子とか、絨毯とかを全部揃えて、それから狂ったように水面に戻った。私達の計画は、この洞窟の中に住むことだった。家賃なんかタダで、狂った現実から遠く離れて。海の中じゃ呼吸出来ないことは、私達にはぜんぜん思い浮かばなかった。







///

一年前、Spinマガジンに記事を書いていた時、編集者が私に、何日間か、ディヴィッドというHIV陽性のホームレスのティーンエイジャーとその友達の連中と過ごして、起こった事を記事にする仕事を寄越してきた。ディヴィッドの友達の1人は、背が高くて金髪の天使的なパンクロッカー、かつ、たまに道端で体を売ってるSNIFFLESという子だった。彼は私に自分を買わないかと言って来た。で、たぶんその時孤独で、わりとウツだったから、私はその通りにした。事態は・・、彼は殴られたり叩かれまくるのが好きで、我が想像力の、暴力的思想のため存在する更に凍てついた別室をもってしても、・・私は怖じ気づいた。その時私はクリスタル・メスに夢中だったから、ベットインする前に立て続けに一グラム吸引した。クリスタルは私を、異常な感じにそそらせた。SNIFFLESはエクスタシーを少しやってるだけだったから、全身あったかくて不死身みたいだった。とにかく、事態は少々正気じゃなかった。私はもっと詳しく書くつもりだけど、それは今ではない。まず、いくつかのことを整理する必要がある。そうすれば、気楽に、もっと多くの事を感じとれるだろう。 


玄関のドアを開けるや否や、事態は明らかだった。「おいおい、お前らまじでヤバそうだぜ。」俺はLukeの打ちひしがれた顔から、スコット、メイソンと順に見ながら言う。 
「俺はなんともない」と、メイソン。それから彼は部屋の中にふらふら。 
スコットは俺の肩を通り過ぎると、方向転換して、「ねぇ、君。」とウィンク。「リビングルームは・・・どこだっけ?」 
ポケットをパシパシ叩いて、ルークは最後の一発のアシッドを見つけ、差し出して来た。「これをどっかへやってくれ。」せがんでくる。「今すぐに。」

デニス・クーパー「Guide」


///
これから趣味で少しずつデニス・クーパーの小説や記事を(出来そうな所を)翻訳して行きたいような気がしている。
理由はただ読んだだけじゃ自分の頭に入って来ないのと、デニスの小説はすごい視覚的で、その中に入り込んで一体化するのはとても贅沢な体験に思えるからだ。
もちろんこの小説の一人称は「俺」が一番適当で、「私」は有り得ないんだけど、自分が入り込むのが目的なので、今はこうさせて貰う。
それから間違っている部分もあると思うので、その時は教えて頂けたら有り難いです。

いや、そもそも発端は、SMOTHERED IN HUGSの中の1995年の文章、THE BALLAD OF NAN GOLDINを自分の写真の冊子の為にずっと前から翻訳しようとしていた。理由はナン・ゴールディンという人にとても興味があったし、自分の写真を撮るのに力を与えてくれるような気もしたし、何よりデニス自身の当時の状況も赤裸裸に書かれていて胸を打つ、いい文章だと思ったからだ。このSMOTHERED IN HUGSという本自体は、デニス・クーパーが得意とする方面に関しては勿論のこと、レオナルド・ディカプリオやキアヌ・リーブスのインタビューから、村上龍(この記事はすごいウケたし身につまされた。神戸の震災の後のインタビューで、内容的には冷笑的なものとなっていると思う。)、デレク・ジャーマン、ラリー・クラーク、ロベール・ブレッソンについてのデニス・クーパーの思い入れについての記事、またはリヴァー・フェニックスやバロウズの追悼文など、雑誌等で公開された文化全般についての多岐に渡るわりと短い文章が沢山集められている。そしてその中のAIDSという記事とその体験が、このGUIDEという小説の元になっている。ヘイトロックのnigelに、まず翻訳を始めるなら小説よりもストレートな文章の方がいいだろうということで教えて貰った。
更に、95年、という年、九十年代の半ば、という点でも面白いと思った。

だが、それだったら現在のナン・ゴールディンやデニス・クーパーにもインタビューしたいし、もっと深く掘り下げたいとも思ったし、自分の写真にも歯痒さがあったので、そのままにしておいた。内容は、ナンの「THE BALLAD OF SEXUAL DEPENDENCY 性的依存者のためのバラード」というスライド・ショーにデニス・クーパーが足を運んだ所から始まって、彼女の生い立ちや写真を始めたきっかけ、現在までの経緯が、彼女自身の言葉を織り交ぜて書かれている。

「KIDSとか、トレインスポッティングといった最近の映画を考慮すると、とてもパーソナルな世界の、注意深く、親密で、徹底的な視点がどんなに驚くべきものだったのか感じるのは難しい。だけど当時は、そんなものは他に無かった。(デニス・クーパー)」

「ええ、多分私は姉のことを考えていると思う・・彼女の死は、私の人生を完全に変えた。私は生活の中で、作品の中で、絶えず、私と彼女の間にあった親密な感覚を探している。それから友達の死についても考えている。姉の死は、もっと抽象的で、象徴的なものだった。彼らの死は、もっと現実的で、この計り知れない遺産を後に残した。
だから私は写真を撮るの。とても沢山の人たちが、ひどく恋しくて仕方がないのよ。」