BLACK MOON, Model Yusei Yamamoto, Shot by Yokna Patofa

Wednesday, 31 March 2010

painting,2010.3.28

—–––ボクたち二人とも、鬱<ウツ>な展望<パースペクティブ>、ダンサブルなビートが好み。大音響が炸裂すると、躰がフワリとして、どこか別の所へ運ばれてる気がする

I drew some pictures for my new plan.

–––かなり頻繁にお世話になってるというのに、ボクにはこの言葉がわからない。「愛」というのは、傷を負ってるべきなのに無傷なとき、「イテッ!」と叫ぶようなものだ。




–––ぼくは思う、かれはキュートで、ちょっと吃ってたっけ。



––––あいつはボクを慰みものにした。ボクがあまりに頻繁に、愛してる、と言ったため、しまいにかれは気の利いた切り返しの言葉をひとつも思いつけなくなる。



–––ボクはかれを愛していた。そう口に出して言ってもいい。誰か聴いている人がいれば、だけど。 デニス・クーパー『クローサー』





Thursday, 25 March 2010

HTRK @ Nouveau Casino, 10.23.09

ヘイトロック

知ってから一日経ったけど、未だに信じられない。自分が頭がおかしくなって夢を現実と思い込んでいて、とんでもない間違ったことを書いたかもしれないかとも思う程・・




HTRKについて、下らないことしか書けていないけど、説明に成りそうな所をもう一度まとめる。
HTRK周辺のことについてだけは色々知っていると思うし、訳も大方間違ってはいないとは思う。


私にとっても、多くの人たちにとっても、HTRKの露骨にポルノティックだけど上品で、ドライで、心が張り裂けそうな歌詞、永遠に誰かを求め続けて彷徨っているようなロマンティックな旋律、暴力的で野蛮なリズム、スリリングなベースライン、そして両性具有的で冷たい声、三人揃ったスタイリッシュな存在感、個性、etc etc それらは全て、有り得ない程完璧なものだったと思う。
残された二人のメンバーには、HTRKを続けて欲しいけど、悲しみは想像も出来ない。




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アート・ロック・プロジェクト、HTRK(発音:ヘイトロック、またはHate Rock Trioとして知られる)は、2003年にメルボルンで活動を始めた。
前身バンド、Portraits of Hugo Perezの解散後、ベーシストのSean StewartとギタリストのNigel Yangが、The Birthday Partyのようなプロジェクトを作ることを目的として
ボーカリストのJonnine Dを新たに加入させた。ただし、スローペースの機械的な反復(散在するプリミティブなドラムマシーンのループと、Jonnineの叩くパーカッションの儀礼)、ゾッとする程に冷たい幽玄なエレクトロニクスのウェイヴ、耳をつんざくギターのフィードバック、を伴うものとして。
  過度なスローテンポ、両性具有的なボーカル、執拗な反復と、極端な大音量のパフォーマンス、といったバンドの美学は、当時メルボルンでピークに達していた80年代のガレージロックのリバイバルシーンと衝突した。この状況は、バンドがメルボルンからヨーロッパに拠点を移す、国外脱出を促した。
三人はノイズロック、シューゲイザー、実験的なエレクトロニカといったすべてのものへの愛を追い求め、ベルリンへ向かった。彼らはそこで、EPをレコーディングすることとなる。借りた機材で録音された一つのライヴ・テイクは、バンドの妥協のない演奏を接写した、ドキュメントとなっている。
 ‘Nostalgia’は、500枚限定でバンド自身の手でリリースされたが、バンドは批評的な注意を引きつけ、イギリスのレーベル、Fire Recordsから2007年にEPを再リリースした。

二年後、Blast First Petite(Suicide,Pan sonic,Alan Vega,The Slits)とサインをし、三人は彼らのデビュー・フル・アルバム‘Marry Me Tonight’を、神出鬼没のメルボルンのプロデューサー、LindsayGravinaの手によってレコーディングすることとなる。その後、偉大なるRowland S Howard(The Birthday Party&The Bad Seeds)が制作に参加し、また、時に、自身がギターとしても加わることになった。

 Marry Me Tonightは、それまでのバンドを定義していた、荒削りのインダストリアルな反復を犠牲として支払うことないまま、より洗練された、最新式の作品として完成した。








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About Nostalgia
















'..我々が知ることになったこれらを、“魅力的な『新しい(=NEU)』アンダーグラウンド ''と呼ぼう’
(20jazzfunkgreats)























''ダウンタウンのベースラインと、バレットタイムの中の反響するビートの不穏な結託.
音を例えるなら・・・モーテルの部屋、雨の中のタイヤの跡の曲線、そして一つのアリバイ.''
(Plan B)






















“メルボルン経由ベルリンからの、人目を忍ぶセクシーな深いベースと、ゴシックな滴りと共に脈打つシンセサイザー。
ビリー・ホリディを殺した“shit”(薬物)の上のThe Kills。”
(NME)


















SwansとMazzy Starの音楽的な集団自殺- PLAY LOUDER












“必要不可欠な体験。”- NEW NOISE












非の打ち所がなく、クール。 - SKINNY













About Marry Me Tonight


















-----------快感への、キャッチーさへの、幸福や楽しさ、空間や光へのアレルギー。それは例えば彼らの故郷のヒーローであるJETのような、粗野な趨勢への嫌悪の仕草に形どられている。
彼らのデビューアルバムは自殺的漆黒で、際限のない想起とフラッシュバック体験のサウンドトラックであり、かつ、なんて事だろう、それはたまらなくセクシーだ。
Emily Mackay
−NME - 8/10




















-----------陰鬱なペースで、耳をつんざくようなボリュームで演奏される、引っ切りなしに生まれる、極端な、深い, 溝を引っ掻くようなリフ、
HTRKは、途方もなく官能的であることと、聴く者自身を無価値にし、感情や意欲の根源と離れさせることの間で不安定に動いている。 Bela Todd
−TIME OUT - 4/6




















---Marry Me Tonightはとても特定的な、あえて言うなら、狭窄な審美眼を持ったアルバムだ。しかしながらHTRKは選ばれた美学の支配者たちとなり、アルバムの37分を通して、無慈悲にそれを駆り立てる。その終着は催眠術にかけられたように魅惑的だ。Adrian Elmer 
-−CYCLIC DEFROST






























Sean、ご冥福をお祈りします。

Wednesday, 24 March 2010

Seanの死

HTRKのベーシスト、Sean Stewartが亡くなってしまった。
29歳だった。
一番右がSean

















HAを聴くととても悲しくなる。
HTRKを初めて知ったのがこの曲だった。

Wednesday, 17 March 2010

IRE イレ INSERTING



lately I wore KIMONO which is a Japanese dress at the party.
This is a beautiful blue dress actually.
One day before the party,I helped my mother with doing Ikebana.Ikebana is one of the Japanese traditional cultures.

After that I became to be really interested in Ikebana.

some days later I walked around the field and massacred some flowers and leaves. And sticked them. Inserted it into the dry,burned circle filed. It was so horrible nauseating sight. I got really frightened. That night,it rained heavily. I thought between asleep and awake that it is raining as this because the flowers are sure to want a lot of water. And the world will sink owing to their anger and pain and agony. When I was a child, I was afraid of weeding. I had a feeling of hearing the shout of flowers and leaves, and seeing their bloods. This is beginning of my interest in plants.












Ikebana,kadou

The famous director,Hiroshi Teshigawara is also known as a head of Sogetsu-Ryu.Sogetsu is one of the schools of flower.
I really love his films.

砂の女 woman in dunes


他人の顔 The face of another



In the two films,Kyoko Kishida performed.She is one of best actresses in Japan.







Expect these films,She performed in the many master pieces(films and theaters).








For example(films,TV)

Ten Black women 黒い十人の女 by Kon Ichikawa 1961
An Autumn Afternoon 秋刀魚の味 by Yasujirou Ozu(his posthumous work) 1962

Passion(Manji) 卍 by Yasuzo Masumura 1964
THE INUGAMI CLAN by Kon Ichikawa 1976
Gakkou no Kaidan2 学校の怪談2  by Hideyuki Hirayama 1996

Yatsuhaka Mura 八ツ墓村  by Kon Ichikawa 1996 (double role)

(↑But in fact I love 1977 version directed by Yoshitarou Nomura)

Heart Broken Angel 傷だらけの天使  (TV) 1974~
Moomin ムーミン(narration)


and so on and so on and so on..
http://ja.wikipedia.org/wiki/岸田今日子



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Hiroshi Teshigawara's father is Sofu Teshigawara.
He is the first head of Sogetsu.

Friday, 26 February 2010

倫敦から来た男

タル・ベーラ(TARR BELA)の『倫敦から来た男』が最終日だったので、観に行って来た。
今日を逃したら、京都まで追いかけるつもりだった。


タルベーラで検索してトップに出て来る説明→




















現存する最高の映画作家の1人、タル・ベーラ監督の最新作『倫敦から来た男』が、11月よりシアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開される。
海辺で静かに生きる鉄道員のマロワン。毎晩「ガラスの檻」のような制御室から、漆黒の港と駅を見降ろしている。或る晩、彼は偶然にも「倫敦から来た男」ブラウンの犯した殺人を目撃してしまう。そして、マロワンは、殺された男が持っていた大金入りのトランクを、海中から見つけ出してしまう。その時から、ゆっくり、ゆっくりと破滅がやってくる。
タル・ベーラは、7時間半にも及ぶ大作『サタンタンゴ』や、驚愕すべき傑作『ヴェルクマイスター・ハーモニー』で観客を熱狂させ、ブラッド・ピット、ジム・ジャームッシュ、ガス・ヴァン・サントら著名な映画人から尊敬を集める。原作は、総発行部数が5億冊を超えると言われる「メグレ警部」シリーズの生みの親、ジョルジュ・シムノン。75年の時を経ても「これは私たちの物語だ」と監督を魅了した作品だ。
光と影を熟知したモノクロームの映像美、空間の概念を揺るがすカメラワーク、登場人物の心情をも見透かすような長回し撮影。細野晴臣や想田和弘も絶賛する、完璧な技巧と独自の哲学で構築された「本物の映画」が、ついにそのベールを脱ぐ。





理由は、偶然インターネットでイメージフォーラムのページに辿り着いたので色々見ていたら、
フィルムノワールと書かれていたから、これは観に行かなくちゃと思ったので、『ヴェルクマイスター・ハーモニー』も、観たのが随分前というのもあるかもしれないけどピンと来ないままにしてるし、タル・ベーラファンというわけではない。


思ったのは、タル・ベーラは確かに現代の、すごい監督の一人であるということだ。独特の描き方を持ってるし。


・波止場の船と、汽車が遠く、はるか下に見える。


カメラがそのまま延々と引くと、制御室にいる、港の様子を観ている男が映る。
男が左にゆっくりと移動するのをカメラは追いかける。窓ガラスの黒い枠が、一定の間隔で視界を更新し、
男の足音が印象的に響き、リズムを刻む
いつのまにかカメラはまた、窓を通り抜け、眼下の港と鉄道の様子を見つめる


魅惑的


男達が何かやっている。荷物を船から、港の、コンクリートの水たまりへ投げる。バシャリと音がする。


・霧






・女性達が面白かった。特に娘。


この映画の中では、多くのシーンが、通常のここでカットするだろうという仕方よりは2、3分余分に続いている、一つのやりとりが終わった後の場を延々と撮っている。
観ている時は、映画として、全然意味というか必然性がないのではないのかと思った
(この点で、Diceにあったトークショーで勉強になるようなことが書いてあった。














若木信吾(以下、若木):僕は映画を観た後に原作小説を読みました。小説の冒頭に「人はその時の数時間を、いつもの数時間と同じように見なしてしまう。しかし、あとになってから、それが異例の数時間であったことに気づき、ひたすら失われたばらばらの数時間を復元しようと努め、脈絡のない一分一秒をつなぎ合わせようとする」とあるんです。まさにこの文から、タル・ベーラ監督がこの映画をつくろうとしたことが伝わってきました。


・・のだけど、無駄に感じなくて面白い、どうなるかもっと観ていたいと思った所が二つあり、一つは娘がスープをおずおずと飲むシーン。
ティルダよりこの娘の方がずっと面白かった。
この娘は本当に、写真からもわかるように、謎めいている。実際の映画の中で、行動には謎めいた所は全然ないし、演技がどうとかのレベルを超えて、いるだけで神がかったものがある。(そういう映画では全然ないけど。)すごくナイスキャスティングだと思う。















 Erika Bókという方らしい。



その前のシーンに、カフェ?みたいな所で老人がゆっくりとペースト状のカレーのようなものを食べ、固そうなパンをちぎり、またカレーのようなものを食べ、固そうなパンをちぎり・・という所に対して、苛立ちを感じていただけに、「眠いか眠くないかは人(キャスティング)によるのではないか」と思い、
(あと、関係無いけどこのカフェみたいな所で、主人公の周りを回転するカメラワークもその意義というか必然性や機能が良くわからなかった。美的にも。わからないところは他にもいくつかあった。)


男性が、それぞれもう少し華があったら、もっとフィルムノワール的な映像美があったと私個人としては思う。




















もう一つ、面白かったのは、娘が働いている肉屋?で怒ったおかみさんと、その後ろで肉の塊を担いで来てそれを包丁でリズミカルに叩き切っている男を映している所。





ざっとインターネットを見てみたけど、この『リズム』について解説している人はいなかった。
靴の音、部屋でごはんを食べている時にしている変な音(何の音かわからなかった)、肉を切る時の叩く音、これらの断続的な音が自分としては一番気にかかった。
良く出されていた、『持続』との関係なのだろうか?
バカっぽい自問自答だが、「ベルグソン読まないといけないのだろうか?」

あと、他の人(映画監督たち)と比較すると評価の高さが腑に落ちないけど、タル・ベーラ自身が好かれてるのは分かる気がした。
普通に長回しがすごいし、なんか、わかりやすいというか、東欧以外の人が「東欧」に求めてるものがあると思った。


















観た後はピンとこなかったが、今となっては、映画っていいなと思ったし、観てよかったと思った。そしてもう一度観たいし、タル・ベーラの新しい映画も観たいと思った。
 

ただ、2007年の作品なのになぜあんなに古臭いのだろうと思った。
アップデートはされてないと思う。


一番好きなシーンのスチールを探したけど無かった。
石造りの壁と壁の間の、すごく狭く長い道。
その道に入ると、左側のガラス張りの白い部屋で、少女が床をモップで洗っている。
部屋は道路より高い場所にある。
主人公が少女に声をかける。娘なのだ。
二人は会話を交わす。
男はやがて娘と別れてその狭い石垣の道をずっとあるいて行く。
道のはるか彼方(の2分の1くらいの遠さ)で、男の子がボールを蹴っている。
カメラが動き、再び、掃除している娘の方を映す。
水がビシャビシャとモップで押されて流れ落ちる。
その横を、主人公を追って、男が通り過ぎる。


ここのシーンは、それこそカフカ的で、東欧的で、魅惑的だった。
思うに、唐突に部屋が現れて、そこで掃除をしているのが娘である、というのがいいのだと思う。
それと部屋が一段高く、道が、東欧にはありそうでもあり、またなさそうでもある狭く長いのもいい。
でもスチールは探したけど無かった。






どうでもいいような感想だと思うけど、まとめる必要がある気がしてまとめた。
違うブログに書こうとも思ったが、画像が良かったのでこっちに書いた。
でも、このスチールから思い起こされる様な面白さはこの映画には無いと思う。


無性に今、ウェルズの『審判』と、 S=Hの『階級関係』が観たい。