BLACK MOON, Model Yusei Yamamoto, Shot by Yokna Patofa

Tuesday 16 April 2013

絶頂で。(avec ma chère)






救いようも無いほど、という言葉が私は好き。
しかし夏が三度過ぎて、四度目が来たならば。
もう誰も見ないだろうから、別に書いてもしょうがない。
もう私の心の中でさえ、カラクリ一つ機能しない様な。
難しいことにしか、積極的になれなかったのだろう。
こうして筆を取った後破ったなんて、いつまでも謎はしかめつらをさせるままで
忘れたいものなのか、忘れたくないものなのかもわからないものだ。
撮れない遠さ。世界がある。
今月の天秤座:一途な愛

正体不明の

















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cは知的で、繊細で、だけど感情的で些細な事を気にして怒り、かなり夢見がちで、気分が乗ると献身的で、その割には自己中心的で・・・、何よりも大勢の人間に自分の境遇について語り、その中でちやほやされ同情されるのを求めていた。彼女の周りには小さな社交界が出来、彼女の頼みとあれば何でもやりそうな人間たちが集っていた。はじめもっとシリアスで、強く生きようとしながらも感受性豊かなゆえに孤独な人物を思い描いていた私は、その人となりを知って行くうちに、度々苦笑や失望を感じながらも、それでも何かは変わらなかった。いつも、感情というオモチャを自分の中に見つけた途端、分解し過ぎて結局直せなくなる私には、それは滅多に無い、不思議で貴重な体験だった。
 cは私の3つ下で、毛沢東の出身地で石炭か何かの採掘工場の近くのコンクリート壁の部屋に猫二匹(二匹ともミミという名前)と一緒に(恐らく親のお金で)住みながら、抽象的で見た事も無い様な絵を描いていた。その絵は誰の目から見ても才気走っていて、私の周りにいる数多の芸術家希望者の中でも一番凄かった。速度・・・、私もその言葉を使っていいだろうか、それはとても速いように思えた。cと私はfacebookを通して知り合った。ある日Xと名乗る女の子からのフレンド申請があり、リンク先を見てみると、使える言語にはフランス語、ドイツ語、英語、イタリア語・・・。プロフィール写真は長い黒髪の裸の女の子のぼやけた写真だった。好きな映画はベルトリッチのドリーマーズとアニエスの5時から7時までのクレオ。好きな音楽はナインインチネイルズとドビュッシー。・・・この現実離れしたプロフィールにあって、だけど何よりも目を惹いたのが、彼女が蠍座だということだった。その頃も今でも、私にとって、星座というのは重要事項であり、それと等しく重要なのはシンクロニシティであり、更に当時、「蠍座の女の子を撮りたい」と毎日願っていたのである。
 その夜、facebookにログインして彼女のページを見ていると、いきなりXから「bonjour」とチャットの誘いがあり、未だに相手が何者なのか全くわかっていなかった私は、二十分ほど逡巡してから「bonjour」と返した。”X”は、フランス語で3,4行なにかを書いて来た。ちんぷんかんぷんの私は、それまでのページの情報から、相手がきっと中国系フランス人か、フランスに留学している子なのだろうと思い、翻訳機やら辞書やらで必死で調べながら返していたが、間もなくわけがわからない会話になり、遂にはXの方から「英語の方がいい?」と気を遣われるに至った。
「英語もそれほど上手くはないけど、英語の方がいいです。」と返すと、
「あなたは日本人?」と来たので、
少し落ち着いて「そうです。あなたはフランスにいるの?」と改めて聞いてみると、
「あなたは私がフランス人だと思うの?」
と、自分からフランス語を使って来るくせに、ますます意味深な返事をしてくるのだった。
 何と言っていいかわからず、フランス人だと思った理由を書いては消し、書いては消ししていると、彼女の方から、「私は中国人。」とフランス語で、・・・彼女はいつも気取っているので「私は中国人よ。」か・・・、言って来た。それからまた、フランス人と思われたのが嬉しかったのだろうか、
「あなたは私がフランス人だと思ったの?どうして?」
Xは自分の絵がアップロードされているサイトを送ってくれ、そこにはcという彼女の名前が書かれていた。

 cはそれから毎日話しかけて来た。私は大体真夜中から朝にかけて、二時とか三時までそれに付き合った。cが言うのはほとんど愚痴で、基本は自分の才能を周りの誰も認めてくれない、中国のアート界はとても閉鎖的だ、自分の周りはスラムで、今日はママと歩いてるときに道でいきなり殴り合いの喧嘩になって、中国ではカンフーが出来ないと生きていけないのだ、自分は汚いものは見たくないからずっと家に閉じこもっている。だから移動はタクシーで、その上自分は孤児のように育った、更に学校は14から行っていなくて、全ての語学は独学で、会う男は低所得な奴ばっかりで、自分はとても独りぼっちで、これからどうしたらいいかわからない、あなたは私がアートを続けるべきだと思うか?・・・といったものの繰り返しだった。それはどこからどこまで本当なのか、私にはわからなかった。だけどずっと喋っていると、時たま中国の事情や、生活に密着した社会批判が、思いがけない素直な言葉の中に出て来た。中国の感覚。それは果てしなかった。その中の一人の女の子と会話しているというのが、とても面白かった、中国ではfacebookの使用は禁止されている。その他にもほとんどのサイトにアクセス出来なくて、彼女はvpnを通してそれらに辿り着くらしかった。件の石炭工場の騒音は早朝始まるから、それで起きてしまい、昼間はずっと浅く寝ていて、夕方頃ゾンビのように起き出す。それからはインターネット。
「ソウルメイトが欲しい?」
「考えたこともなかったけど、欲しい。」
耳栓が壊れて来た。Waxという会社の耳栓が一番いいらしい。私は耳栓と手紙をcに送った。手紙の封筒は薄いブルーにし、黄色い便箋に「貝台」とだけ書き、赤いキャンドルのかけらをスプーンの上に乗せて炙り、封筒に流すと、金属製のスタンプ「y」を押した。人生で初めてやったので、うまく出来ず固い赤い破片が封筒全体に飛び散った。「貝台」という文字が中国でどんな意味なのか良くわからない。cが以前、夢の中で私たちは同級生で、クラスで手紙を彼女に渡し、開くとそんな内容だったと言っていた。
cのことを知り始めた時、私はインターネットで彼女のことを検索した。出て来た彼女の二、三年前のブログには、四方八方に傷が引かれたばかりで血が溢れ出ている手首の写真があった。私はしばらくそれに見とれ・・・・・・・・・。別のページには、彼女が全裸で、鉄鎖につながれた痩せた長い両足を開き、大きな百合を一本抱えている写真、同じく裸で、どこかの居間で四つん這いになっている写真・・・。「ある晴れた日曜日に、自慰行為をする、偉大なるポルノメイカー」シリーズ・・、それから、どこからか持って来た、死後の変わり果てたマリリン・モンローの写真、あからさまなセックスのイラスト画像・・・私は思わず何百枚かはあるだろうと思われるその写真群を全て見てしまった。だけど一番面白いのは、そのスライドショーのコメント欄にどこかから湧いた誰かが書いた、「見ろよ!このビッチはすげー熱いぜ!」に対する、「短小に違いないわね、ドブの中のクソ野郎。」という返事なのだった。あれだけ自分で出しておいてそのコメントはないだろうと思わず笑ってしまった。このページを見た事自体について、本人にも言った。「すごく面白いと思った。セクシャルなことについてはわからないけど・・・、とにかく、すごく面白いと思った。」
一番似ているのはトニーだ、と私は思う。トニーもまた、インターネットで知り合った。一度しかメール交換をしたことはなく、一月の彼の誕生日におめでとうメールをした時に返って来なかったので、好かれていないのかと思い少し傷付き、それ以後は何も積極的には交流しようとしなかった。その年の夏亡くなったということを、彼の死後ほぼ一年後に知った。
 誕生日のメールが無視された後、トニーが一時期、何の変哲もない部屋で撮った、こちらを見ている、トニーの、連続の写真を、何十枚もアップしていたことまでは、リアルタイムで知っている。歯を剥き出したり、笑ったり、真面目な顔をしたり・・・それらの顔は今思えばむくんでいるけどその時はどんな意味かなんて考えもしなかった。私はそれを彼流のナルシシズムだと受け取り、面白いと思ったが、あまり押し付けがましくならないように、一番いいと思う写真だけ、favoriteにした。彼の死のニュースを聞いた後でネットを検索すると雪崩のように彼の生の痕跡が入り込んで来た。パパ,ママ,アイラブユー。「death」。それから、トニーが鏡の前でお尻を出して、喘いでいる写真、とかも。トニーから友達への手紙。「俺は君を生き別れた兄弟のように思ってるよ。すごく愛してる。」
だけど自分は聖人だから彼を気に入ったわけではない。彼のワイルドな面が面白かった。「最近ある男と知り合って、彼によってフィストファックに開眼させられた、俺の中に入れるのに、一時間もかかっていた。最後は水が沢山出て、イった。最高のエクスタシーだった。すっごく素晴しかった。来週また会う約束をした。早くまた彼に会いたい。実験してくのが楽しみだよ。俺は女と子供以外なら、なんにだってオープンだし。こないだは森で男二人とセックスをした。それから部屋でセックス持久走。セックスは俺の人生にとってとても重要なものだ。」

「俺は豚。自分の欲しい物がわかってる。」

 トニーに対する親愛なる感情。トニーは混乱していると言っていた。焦点も対象も存在しないような様子で、「奇妙だ」「俺は怖いのか?」。多くの人の中では一見バラバラにされているような極端な要素たちが0度に融合した危ない天体のような彼らの純粋性に、そのリスクに、癒されると私は感じたのだろう。彼の才能を賞賛した。会えないとは想像出来ず、遠目から見ているだけだったが、死後はもっと自分勝手に、名前を呼び、親しくなった。一時期、トニーの霊に、私の体でいいなら入ってもらいたいと思っていた。「君とならうまくやっていける。」「何か面白いことが起こりそうだ。」「起こるかもしれなかったものを見てみたい。」彼は音楽を様々な名義で大量に作っていた。それを聞かせれば、言葉よりもずっと明確に彼の事がわかるのだが。「ああ」と皆思うだろう。でもそれは最高の感想でも間違っているのだが。彼は邪悪で、変で、才能があり、ブラックなユーモアに溢れていて・・・ところが cに彼のことを紹介すると、「彼のどこが刺激的なの?」と、正直言って疑問といった様子で、私はそのメールを受け取るとすぐ、たどたどしくキーボードを打ち始めた。「彼は自分でも何をしているかわからなかった。形にしたいとかではなく、彼はただ生きていた。彼は未完成だった・・・」そこでいれておいたコーヒーを一口飲んだ。書いていくうちに雨が降り始め、メカは壊れて水性インクが溶け始めていく感じがした。私は英語が上手く使えないのを有り難いと感じた。
だけど、何が悪い?私にはこのあり方しかなくわずかな時間差で、寝顔を見る側についた。ネット彼は幽霊についてまた調べた、それからまた、気にしないことにした。たぶん泣くことが助けになる。
「私にも詩人でピュアな、好きな男の子がいたけど、会ってみたら最低な奴<膣洗浄機>だったわ。私の経験では、会わないでプラトニックな思い出のままの方がいいでしょうね。」
「私はアントニオのことを愛してる。同じように、あなたのことも、あなたの才能も、愛してる。」
cはこの言葉の後しばらく何も答えず、その沈黙は、私をボーッとさせた。
 トニーとは少ないやりとりしかなかったけれど、cとはこうして晴れて友達になった。モニター越しに見る彼女はコンクリートの無機質な白い壁を背景に、白昼夢のように儚くてだるそうで、お姫様みたいに可愛い女の子に見えた。cは、自分の生い立ちについても話してくれた。
「パパは私が女の子だったから、私のこともママのことも嫌ってる。中国では男の子の方がずっと価値があるの。パパはアーティストで、小さい頃から私に絵を無理矢理描かせて、上手く描けないと殴った。14歳で学校へ行くのをやめてからは、部屋に文字通り監禁した。私にはインターネットしかなかった・・」
「・・なぜお父さんはあなたを監禁してたの?」
彼女は表情を変えず、穏やかに答えた。
he is psycho.(いかれてるの。)」

 しばらくのチャットののち、私はこの変人で天才肌のcが、どうしようもなく好きになって行った。美しいものを見ると、cに見せたいなと思った。二人が会う時、ショパンが流れているべきだと思い、facebookのwallに私はそれをpostした。ディヌ・リパッティの。怒らないで欲しい。私は本気だった。ヘッドホンで聞きながら想像すると、涙が流れてきそうだった。中国は遠い。cが前に話してくれた映画の構想を思い出し、それを撮ろうと言った。お風呂で、たくさんの金魚の中で、もちろん、彼女は裸で。
 
 そう、最も引きつけられるのは傷だった。左腕の内側に、手首から肘にかけて、長く、白い肌にピンクに膨らみ盛り上がった傷痕。一番考えられるのは「同情から」だったけれど、彼女の傷を感じる時はいつも、それよりもずっと、激しい気持ちが渦巻いた。まるで、その傷を作ったのが昔の自分であるかのような。


 ある日いつものようにメールボックスをチェックするついでにトップニュースを見ると、そこにはNという街で、猫が連続で残虐に殺されているという記事が出ていた。競輪、パチンコ、反フーコー的精神病院が揃った昔住んでいた街では、猫の死体をよく見た。あるものは車に轢かれ、あるものは明らかに何者かから暴行を加えられ・・猫は確かに一番手っ取り早い暴力の対象みたいだった。
 その後メールボックスを見ると、cからのメールがあった。<チベットへ一緒に行きたくない?>。私はこの唐突さに、本当に面白い人だと思いながら、
「勿論行きたいよ。チベット好きなの?」と返した。
<とっても。>私は少し意外に感じ、
「いつ、何故行くの?」
<11月。前から行きたかったし、来月私の誕生日だから。>
「うーん。11月か・・・。早い、」と返信した。
<なぜ早いの?>
言い終わるかどうかのうちにすぐにチャットに切り替わり、<中国までのチケットは買える?>と今度はケータイにメッセージが入った。
<日本語を子供に教えられる?・・・中国まで来れば、そういうような仕事があるから、こっちでお金を稼いでチベットまで行けばいいわ。私が泊めてあげる。>
「わー・・。ありがとう。すごく嬉しい。」
それを読みながら、ふと私は、今の今まで忘れていた、今朝がた浅い眠りの中で見た夢を思い出した。
 夢の中で、私は少年を見てる。その少年は、逆三角形の底の絶頂に、たった一人きりでいる。

 それを言うと、cはいつもの調子で刺激を受けたのか、すらすらと自分の続きの想像世界を送ってきた。
<もしも逆三角形の頂点に、男の子がいるなら、それはつまり反映で、三角形の山から海を覗いているのが男の子なら、そこには反映として女の子がいるに違いないわ。逆もまた然り。私の想像力はそう言ってる・・・・・・・・。>
 彼女の咄嗟に出て来るヘテロセクシュアルな意識に少し傷付きながらも、私は、それは確かに一番バランスのとれた光景だ、と思った。とても感動的だ。だけどもし私が感動するとすれば、二人の結びつきが恋とか愛とかじゃない場合。もっと絶望的なまでに運命的な場合だ。


「インターネットで知り合った中国人の女の子がね、耳栓が欲しいっていうの。耳栓なんて、中国の方が安そうなのにね。毎朝近くの石炭工場かなんかの騒音で起こされるんだって。だから耳栓欲しいらしい。愛の証に欲しいのかな?絵を描いてて、すごく繊細な子なの。」
湖に浮いた油の虹色:「その子にはこっちのことは言わないの?グロい肥料工場のせいで臭くて大変だって。人も猫も、空気も水も、生まれた時から地球滅亡までバグってるって。」
「言わないよ。有りもしない話ばっかしてる。一緒に世界中を旅をしながら絵を描いて売れたらいいねとか、」
私は振り返り、男の子の方を向いた。男の子は丸坊主で、痩せていて、制服を着て、心もとなさそうに立っている。
 どちらが純粋な愛なのかと言われたら。cに対するのと、彼に対するのと。私はきっと、彼に対する愛だと答えるだろう。私とcの生まれた瞬間の、海王星と金星の配置を思い出す。「あなたはいつか、本気の愛の中にいるのは自分一人だと気付くでしょう。」だけど、実際は・・・。少なくとも、私の意識では、それはお互い様だった。cの夢見がちな言葉は私の現実には合わない。cは私が救うべき人ではない。その証拠に今でもcは色んな男との出会いを繰り返してる。初めて、このドットの不安定な集合という形で、目の前に現れた時、似つかわしくもない可憐さで彼女は言った。「"リエゾン"みたいなものよ。不潔な。」そういったありえなさそうな全てが好きだった。時には生々しい矛盾や感情に揺さぶられもしたが。私は自分を選んだ。中国にもチベットにも行ってない。遠くへ散歩した日に卒業式なのか入学式なのかわからないが華々しい人たちを通り抜け、落ちた赤い大輪の花があったから、三つ位拾って帰って撮った。私にはそれがそうだった。「それ」が「そう」だった。私が救うべきなのは、今目の前にいる、この男の子なのだと思った。今は言葉の全てが通じないのが悲しく思う。私があの日花を拾った道を底辺にした逆三角形の絶頂。だけどこの子がこの世界の一体どこにいるのか、私には皆目見当もつかないのだが。それは引き寄せられるかもしれないとも思っていた。行く先々で、少し人と仲良くなると、彼の話をした・・・・・。中学生の男の子の写真を撮りたいんだよね。内向的で、ピュアそうな。














海の中。彼女は目をつぶっている。口が少し開いている。そこから小さな泡が出ている。髪の毛は青く揺れている。顔は浮力で左側に傾いている。私はそれを直した。太陽が昇ると、海面から差し込むまだらな光が体じゅうをゆっくり動いた。
ずっと見つめていた。
 起きて欲しいのか?このままでいたいのか?私にはわからない。











8
 何分走っただろうか、光が飛び散る後部座席で、彼女は目覚めた。私は彼について尋ねた。彼はどこにいる?彼は第三十四工場地帯を流れる川で体を洗っている。と彼女は言った。
「誰かが死んだから、しゅんが埋めたの。だから身体に付いた血を洗ってる」
 彼は三つの電灯と月明かりで照らされた工場地帯を流れる川にいて、その川は流れが止まったように静かだ。彼は目を瞑りながら脈打つ、聖なる生き物みたいな青と黒と光を見つめている。彼の体から濃い赤黒い煙がそこへ、広がって、いつの間にか消えて行く。彼は自分の顔を間近に見る。波の模様に柔らかく溶ろける、濡れた、幼い顔。彼はむこう岸に行ってみようかとも考える。右を向くと、乾いた色の石の中に、掘り返した土の山と、魚の骨みたいなアンテナがあった。もう一度来た時にわかるように、彼は廃墟の屋上から持って来たアンテナを深く差し込んで立てた。一歩進む度パリパリ言う、感染しそうな屋上から冷たい固い黒い塊を木が生い茂る元病院の中庭に落とすと、それは瞬間バッと体を開いて、その後は張りつめた一つの傘として、ゆっくりと穏やかに、落ちていった・・・。しゅんはそれを見つめながら、死んだ後、生物はどうなるのか、何パターンか考えた。だけどどのパターンでも、死者に自分の声や思いや行動が届くということは、信じられそうになかった。それでもぼくが"彼"を埋めたのは、としゅんは川の中に潜って、窒息して崩壊しようとしながら出来なくて、水面を破裂させ、苦しそうな顔を拭って考える。何故なのだろうか?
「しゅんを迎えに行こう。」私は言った。
Tは下を向いて、自分の開かれた機械式の体を微かに震える手で抑えながら、「34工場地帯は、迷路みたいになってる。法則に気付いた誰かが、最終電波塔に辿り着けないように。」
「しゅんはどの辺にいるの?どうやって入ったの?」
私は不思議な焦りを感じ、思わず息咳き込んで聞いた。
「私たちが小さい時、パパが」
Tは私の問いに答えるでもなく、途切れ途切れに話し始めた。Tの口から「パパ」という言葉を聞くと、私は怒りと嫉妬が混ざった気持ちで、自分の胸が、突き刺された蛇やミミズみたいに、痛むのがわかった。そんな場合ではないのに。「・・・」Tは何かを言って微かに笑い、私は顔を再び上げた。
「しばらくあの川で遊んでた。その冬、最終電波塔までが完成して、あの辺は迷路になった。」
Tはそれから少し休み、呼吸を整えた。
「しゅんは良くあの辺に行っていたから。きっとすごく奥の方にいる。」
 車は激しい雨から血で出来たような霧雨に変わった世界で、方向を見失って止まった。
「誰かほかにその辺に詳しい人はいない?」
その時、2001年度のゴミ捨て場の山の中に捨てられていた男が目覚めた。そして、今。赤い水滴で甘そうに光っているタクシーの窓をどんどんと叩いた。
 真夜中にぽつんと止まる、タクシーのドアがノックに答えて勢い良く開き、身体中からコードを突き出した、巨体の粘土男が窮屈そうにしながら前の座席に乗り込んで来た。よくみるとコードの他にも所々から、植物の根や、種類も太さも年代も違う骨が、乱雑に飛び出ていた。
 

 






















 







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