BLACK MOON, Model Yusei Yamamoto, Shot by Yokna Patofa

Tuesday, 7 June 2011

ラヴィニアが目の前にいると思う時、とても感動する。塔の中でじっと時が流れている中に座っているラプンツェルを見る時、とても胸がしめつけられる。彼女らのことを私は全く知らない。しかし映画を通して、私は彼女らの生きている時間の少しを、見つめることが出来る。私はそれにとても感動する。自分の「映画」においては、役者は絶対的だと思う。車中の会話で改めて気付いたことだ。高野さんと撮れば、それは高野さん以外では不可能なものであり、じゅりちゃんを撮れば、それはじゅりちゃんをおいては不可能であり、トムもそうであろう。ラプンツェルの両親役の俳優さん達もそうであるし、これから会う人々もきっとそうであろう。私は彼女ら彼らを掘り起こし、目覚めて、歩き出せ、と言いたい。(もしくは「歩き出せる・・・・・・・・?大丈夫?????」)そのような瞬間を求めている そして彼らは無口なので誰にも話さないけど、私は彼らを見ているから、彼らの表情や仕草、ちょっとした行動を、見ることが出来る。私は彼女らの存在を目撃する。時に会話を交わす。彼らはずっと昔にいて、もういないか、もしくは会うこともない線上にいる人たちだ。私は誰も見る事がなかった彼らの時間を撮る。そして物質的な限界が来るまでだがその様子は残るだろう。そしてその記録が腐食した後も、撮ったという行為によって、何かが確信された。私にとってそれは愛、的なことだ


だが本当に残酷な事実は、誰も見ることはない。触れながらわかることしか感じられない。その時間の前では、全てが白い闇になる。見る事はない。


私はそれを暴きたいわけではない。私がフォーカスしたいのは、残酷な事実はあった、そして、彼らは生きていた、ということだ。

Thursday, 2 June 2011

魔女の家



Witch house?



Witch house (sometimes referred to as drag) is a term used to describe a subgenre of industrial music, which features a prominent hip-hop influence, specifically the 1990s Houston chopped and screwed sound pioneered by DJ Screw.[1][2] By applying techniques rooted in Swishahouse hip-hop – drastically slowed tempos with skipping, stop-timed beats[3] – with signifiers of noisedrone, or shoegaze, Witch House recontextualizes its signifiers into an unprecedented yet aesthetically referential sinister atmosphere.[4] Witch House is also influenced by hazy 1980s goth bands, including Cocteau Twins,The CureChristian Death and Dead Can Dance,[5] as well as being heavily influenced by certain early industrial bands.[6][7] The use of hip-hop drum machines, noise atmospherics, creepy samples,[8] dark synthpop-influenced lead melodies, dense reverb, and heavily altered or distorted vocals are the primary attributes that characterize the genre's sound. Many artists in the genre have released slowed-down remixes of pop and rap songs,[9] or long mixes of different songs that have been slowed down significantly.[10][11] Common typographical elements in artist and track names include triangles, crosses, and other geometric shapes,[12][13] which is seen by some as being part of a larger unified aesthetic within the scene as well as a method of keeping it underground and harder to search for on the internet.[14][15]
Travis Egedy, commonly known by the stage name Pictureplane, is credited with having coined the term Witch House.


ウィッチハウスは、ヒップホップの影響を受けた、インダストリアルミュージックのサブジャンルである〜。スキッピングと、ストップータイム・ビートを伴ったスローテンポで、ノイズ、シューゲイズといった要素を新奇だが不吉な雰囲気の中で再構築した
ウィッチハウスはまた、インダストリアルの初期と同じ位、1980 年代のコクトー・ツインズ、キュア、クリスチャン・デス、デットカンダンスといった、霧がかったような音楽性のゴスバンドの影響を受けている 
ヒップホップのドラムマシーン、ノイズの空間性、気味の悪いサンプリング、暗いシンセポップの色を帯びたリードメロディ、濃いリバーブ、ディストーションされたり改変された、重いボーカルは、このジャンルの基本的な要素である
このジャンルの多くのアーティストは、スロウダウンしたポップやラップソングのリミックスか、より長尺の、意味ありげにスロウダウンした多様な曲のミックステープを出している
アーティスト名やトラック・タイトルの記述の共通した要素として、三角形や、十字、幾何学的な形を入れるという事が挙げられるが、
これはより大きく結びついたウィッチハウスというシーンの美学の一員として見られると共に、インターネットの検索によって見つかりづらく、アンダーグラウンドに潜むのを保持出来る方法である。



<Disaro〜Passions>

wikiの記事が、まさに感じていることを的確に説明してくれていたので面白かったので・・
このような感覚は「催眠」の項目を体感した後でwikiで調べた時位。説明するのがうまい人っているんだなあと感心する
以前、facebookなんかが人気が出て来る前、myspaceのコメント欄がちょうど、今のfacebookのwallや、tumblrのような、画像や動画を相手のページに貼付けたりする空間になっていた。
それはそれで面白いコミュニケーションだと思っていたけれど、その頃私は毎日、HTRKのページをチェックしていて、HTRKのページにはやはり時々、面白い人が面白いことをやっていたりする
その中でも、去年辺りか、DISAROという人のコメントが、断トツで目を引いたので、すごく気になってその人のページに行ったことがある。
その人はDISARO(Robert)というページも持っていて、曲も友達もみな謎めいていてカッコ良かった。
レーベルらしいのだが、良くわからず、インターネットで検索してもその人のマイスペースのページしか、その頃は出て来なかった。
このDisaroの周辺のバンドは、魔術的で、でもビートがあって、憂鬱で、確かにある一定の方向性があるのだった。やがて、Passionsというバンドに行き着き、PassionsにCDはないのか?と聞いた所、Disaroがレーベルだから、Disaroに郵送か何かでお金を送ってくれ(ネットでは売っていない)、と言われ、結構驚いた。今ではデジタルで全然買えるけど
このPassionsを通じて、ロンドンへ去年11月に行った時にお世話になった、Neurotic Mass MovementのYinやDavid達とも知り合うことが出来た。


そうこうしてるうちにfacebookの方がmyspaceよりも何となく熱くなって来て、facebookでdisaroを探した所、その周辺に、すごく変な人達がいることに気付いた。特徴は、wikiに書かれてる「witch house」で網羅してる感じ
黒魔術的で、サンプリングや、そんなにハイクオリティじゃない機材を使ってる感じ、ヴィジュアルも、でもロマンティック、
ロンドンへ行ってからは、カルメンのボーイフレンドがまた面白い人で、明らかにこの流れの特徴を持っていて芸術的だった。そして彼らの流れでまた周囲にそういう人たちが増えた。「アンダーグラウンドで流行ってるのかな?」とずっと不思議だったが、最近、oOoOOが好きだと言った所、「oOoOOはウィッチハウスの中でも好きなバンドだ」とEthenに言われたので、
「ウィッチハウスってなんなの?Disaroと関係あるの?」と言うと、
「ウィッチハウスは音楽のジャンルで、Disaroはウィッチハウスの曲を沢山出しているレーベルだ。」と教えて貰った。
この「ジャンル」というのには、目からウロコだった。
それまで曖昧な印象で共通点を感じていたんだけど、確かに、ジャンルだ・・
そして「witch house」という名前がまたいいなと思った。魔女のハウス?

<才能を感じる人を何人か紹介・・>
彼らがwitch house...なのかは良くわからないが、個人的に現時点で同じ流れで気になっている人たち
彼らのことは、mixやmix tapeを通して主に知った。例えばoOoOOを知ると、SALEMを知ることになる

有名だけど・・
SALEM
ヴィジュアルセンスも本当にすごい

ijĒŞǙŞ ҚĦŖİŞŢ
年下(*実際には同い年だったみたい)で、曲とかは、正直、私でも機材があれば作れそうな感はあるが、笑 
見ている感じが違う、
CGやデジタルを使っているけど、人真似のセンスの悪い数字とかではなく 自分の感覚から出現したような、
破壊感のある電波的な要素として使っている。サンプリング(映像の方)の仕方も無意識的でいい。「人生は変だ、」と言っていた。






調べたらいくつか記事があった。
去年盛り上がってたんだ・・ 知らなかった。
http://www.dommune.com/ele-king/review/album/001372/


〜ちなみに今年、USメディアがもっとも注目しているのがウィッチ・ハウス(魔女のハウス)で、本作の1曲目(続く2曲目)がまさにそれだ。ウィッチ・ハウスとは......何も魔女の格好をしたDJがハウスをスピンするわけではない。大雑把に言えばUKダブステップ(というか主にブリアル)へのリアクションのひとつである。手法的にはヒップホップのチョップを好み、その出自にはエレクトロクラッシュ系の流れも絡み、あるいはそう、お察しの通りザ・XXの影響も受けつつ、そして"ドラッグ(drag)"や"ホーンティッド(幽霊)"とも呼ばれていることからも察することができるように、ウィッチ・ハウスはより薄気味悪くダークで、UKダブステップの暗さがアメリカ系ゴシックやホラーの文脈に落とし込まれたダンス音楽のスタイルのように思える。
この"新しいアメリカのアンダーグラウンド"に関しては英米間でずいぶんと激しい議論がある。最初に仕掛けてきたのは僕が知る限りではUKの『ガーディアン』で、今年の初めに同紙は、「ブロガー・ロックは政治的鋭さを欠いている」という皮肉たっぷりの論考を掲載している〜(野田努)


←この後が更に面白い




Cross Beatにも載っていた。
http://www.barks.jp/news/?id=1000067165

そうです・・このバンドはまさにウィッチハウスです・・・


時代の流れの中にいるんだなあと感じる・・
あとPassionsもいいです。



skeleton kids http://skeletonkids.tumblr.com/mixes
SALEMも
http://s4lem.com/




(2012.7追記)

この日記で紹介させて頂いたアントニオ君(ijĒŞǙŞ ҚĦŖİŞŢ/




Antonio Urdiales)

は、去年亡くなってしまいました。http://obits.al.com/obituaries/birmingham/obituary.aspx?pid=153190600


その友人によって、彼の曲がまとめられています。
現在ボリューム2まで。
1 http://wowbobwow.bandcamp.com/album/ij-i-v-c-i-the-antonio-urdiales-collection-volume-one

2 http://wowbobwow.bandcamp.com/album/ij-i-v-c-i-the-antonio-urdiales-collection-volume-two

将来、彼の文章も含めた、物質的な音源も発売されるそう。
その時はまたお知らせします。






 

Friday, 20 May 2011

ピナ・バウシュ「私と踊って」

ピナ http://yoknapatofa.blogspot.com/2010/06/blog-post_27.html


私が興味があるのは、人がどう動くかではなく、何が人を動かすかということ -ピナ・バウシュ








2008年、偶然インターネットでピナのことを検索し、ちょうど来日前だということを知って『vollmondフルムーン』のチケットを買った。それ以来、あの感覚を、ほとんど毎日反芻している。

 ダンサー達は手加減なんかしていなかった。客がいるかいないかなんて、関係ないように見えた。さらに、目の前のステージで起こっていることなのに、果てしない奥行きがそこには存在していた。私は攻撃を受けていた!私は仲間はずれにされていた。私は動けない肉体を持ったまま、その壮絶に美しい生命の瞬間の連続爆発を見ていた。とにかく、物凄くぐったりしたことだけは覚えている。全身で衝撃を受けて、鳥肌が立ち、涙が溢れた。これが芸術が与えられるほんとうの感動というものなんだ、と思った。ピナ・バウシュのダンスと比べたら、今まで私が感じて来た感動とは、なんだっただろう?私の心で渦巻きはしたが、私の体を動かそうとはしなかった。帰ってからすぐインターネットを駆使して使われていたサウンドをすべて集めた。2009年は、それを聴きながら、ウ゛ッパタールを待った一年と言っても過言ではなかった。「ピナが死んじゃった」というメールを友達から貰った時、私は新宿の交差点にいた!その時の街の光景を、個人的な、歴史的事実として覚えている。フルムーンを観終わって新宿に出た時と同じ。何も変わらない。日本。ピナ・バウシュのステージの上で繰り広げられていた生命の炸裂が、誰しも産まれながらに持っているものだとしたら、この国のこの世界の閉塞感は、一体何処に正当性を持って私を縛るのだろう?(進化論が正しいとするなら)ジェネシスの森で遊びが始まった時点から、文明が始まり、文明が終わり、生き残った少数が、先祖たちが大切に崇めていたテクノロジーを喪失したことなどてんで気にもとめないで歴史の消失点の誰も見ていない所でなされる、その祀りまで、人類総体の思い出のような、大きな流れがそこにはあった。
 私はそれを生来持っている。私は昔は持っていたかもしれない、だけどすぐに無くし、今では完全にわすれている。私は完全に生命に対して手加減している。生きること、死ぬこと、そしてこの世界とは、一体どういうものなのだろうか?ほんとうの愛や、人生とはどういうものなのだろうか?そのような問いが、今でも到来する。
 




2010年、『私と踊って』を観た。
  
 会場に入った時、すでに踊りは、ずっとずっとそこにあったかのように、始まっていた。

 一人の男が、暗いステージに、後ろ向きで、椅子に座って静かな時を過ごしている。
 その視線の先の、ドアの隙間から差し込んでいる光で、かろうじてステージは明るい。ドアの向こう側では、まばゆい程白い世界の中で、何人もの男女が、手をつないで輪なって踊っては、散らばってキャーキャー騒いだり、楽しそうに遊んでいる光景が見える。男女は本当に楽しそうで、永遠にそうしているかのようだ。
 やがて、他愛もない遊びの中で、手をつないだ男女の輪の回転が、速度を増し始める。その加速が最大に高まった時、痛いほどの勢いと激しさで、そのドアが、突然バタンと閉じられる。
 一瞬、突き放されたかのように会場は真っ暗になり、間を置かずにドアのついていた壁が上昇していく・・。そして隠されていたステージの奥の白い急斜面が見え始める辺りから、黒い服を着た男達がどんどん滑り降りて来る..

全面が明るい平坦なライトの中でシンプルな美術だけ、曲も琵琶のような弦楽器と(その場での?)歌声。
 一組のカップルの出会い、すれ違い、出会い、すれ違い、出会い、すれ違い、を中心として、たくさんの黒服の男達と、さまざまな女たちによって、いくらでも解釈が可能なアクションが行われ、展開していく。
 女性は男性を誘い、恋は成就するが、男ははじめのようには接してくれなくなり、女は男に気に入られようと、言いなりになる。もしくは女は今度は男の元を去り、多数の男と空虚に接する。男は見ていないふり、かと思えば他の女など目もくれず、無様なまでに女を探す。多数の男達は生物的なまでの微細な仕草で、替わるがわる一人の女に自分の帽子をかぶせていく。この一連のシークエンスの最後が、男たちの腕を組み、一列に並んで、(恐らく)「私と踊って」と女が歌う踊りになっている。その繰り返し。
 高い斜面の上からふわふわとした白い素材の網のようなものを落として、それで女性を捕まえたり、眠気を感じるほど静かな流れのあとに、突然二本の大樹が大きな音を立てて上から落下して来たり、力の限り女性を叩き付ける仕草や、男性が女性を大きな網で捕まえる仕草、または女性はただ寝たままで荒々しく運ばれている..など、
 この辺りは、まさしくピナ・バウシュの記事を読む際に受けるイメージそのもので、どんな言葉にしても、つまらないものになってしまう。

 しかし、このすごくつまらない、ありふれたストーリーの繰り返しの果てに、ボロボロになった女性が、疲労し、愛も若さをも失い、絶望の底まで落ちた後で、よろめきながらまた立ち上がり、勢いをつけて男たちと腕を組み、「私と踊って」と歌いながら踊り始めた時には、とても感動した。

 その時男達は、まさしくシャドウのように、全く抽象的な女の人生の奥行きになり、ひと一人が生きるというそれ自体が、圧倒的な肯定とともに、迫って来た。 
 そして最後、一人のダンサーがステージの端にまで駆けて来て、客席に向かって、「COME ONCOME ON!」と叫ぶ。それをきっかけに、すべてのダンサーが、ステージの端まで走って来て、口々に「COME( ON)!」と、両手を振り、もしくは飛び上がりながら、思い切り、客席に向かって呼びかける。
 この瞬間は、ドアが閉められ、突き放された瞬間と、リンクして、強い印象を残した。
 
 この公演を観て感じたことは、女性と男性という面が強調されていたこともあり、開放(解放)的だった「フルムーン」よりももっと個人的なレベルでだが、やはり、生きるということについてだった。

  生きる事について、生まれ、生きているのは何故かと言う事に関して、答えることの出来る人なんていない。
 人生の最後に。動けなくなって、死がすぐ近くにあることを感じる瞬間を送るとして、思い出すのは、この今ありふれたまま流れている人生の、一体どこの部分なのだろう?
 いつの、誰と一緒だった時のことなのだろう?
 その時の気持ちがどんなに辛くとも、愚かな選択を繰り返すしかなかったとしても、実際にそうやって選択し生きた一つの人生があるとして、その感情や、事実は、(かけがえのないものではないだろうか?)←*この部分が気に食わないが、上手く言えない。

 この答えさえわからないが、
 冒頭の座っている男は、追憶の中にいるように見える。そのドアの向こうのまぶしいほどの世界は、男の心の奥深くのふと開いたドアから差し込んでいる光のようだ。

 ダンサー達が私たち客席で座っている者たちに向かって、「こっちへ来なよ!」と呼びかける。
 そんな所で座っていないで、私たちと踊りましょう。人生の傍観者でいないで、本当に生きると言う事をしましょう。

 それまで私はずっと見ているだけだった。白い美しい世界には決して入り込めずに。
「私と踊って」、それは最大の挑発だ。私はそれを見たとき、嬉しくて泣きそうだった。
 
 私たちは踊りたい。踊りたくて仕方がないのだ。
(2010)

 


リアルタイムではあんまり上手く書けたと思えず、感想をここに書いてなかったので..
ただ石井先生とお話して、「私と踊って」がいいと言うのは珍しいと言われたので、書いとくべきかと思った。

とにかく感動したのは一番最後。
すべてのダンサーが客席の方まで来る、
そしてこっちに呼びかける。
これで伝わるとは到底思わないが、すごいと思った。


去年、ダンスの授業をとり、それがきっかけで舞踊評論家の石井達朗先生や、太田垣君と会って交流する機会が出来、とても幸運なことに思っている。
その授業の中で取り上げられていたダンスのグループや、ダンサー(イデビアン・クルー,黒田育世(BATIK),イリ・キリアン,大橋可也,伊藤キム etc..)や、サーカスやとにかく色々には、自然に魅力を感じた。また、梅田宏明さんも面白いと思っている。

常に気になっていて、
それを気にさせたのがピナ・バウシュのヴッパタールだったけれど、
ヴッパタールを毎回日本に呼んでくれていた団体(日本文化財団)が、こないだ無くなってしまった。

いいニュースというか、気になることもあって、それはヴェンダースの監督作品「Pina」だ。3Dという話で、ピナの死後も制作を続け、完成したらしい。ヴェンダースという、それなりに色々な分野で知名度のある人が監督してくれたので嬉しい。














そして黒田育世さんが本当に気になる。
今日、雷太さんのオープニングで踊られたらしくて超行きたかった。
こないだ石井先生にも黒田さんについて物凄い聞いてしまった。
お酒をすごく飲むし、とにかく手加減なしで無邪気で天真爛漫な方らしい。




























BATIK 花は流れて時は固まる / Flowers flow, time congeals











対称的ともいえるような
池田亮じ的空間で動く梅田宏明さん・・
サッカーをやっていたというのを読んだ。マクルーハンの言葉(これからは、メディアにより適した、サッカーの方が、野球よりも人気が出る。メディアに適するという意味は、サッカーの方がチカチカして粒的で、メディアに合うし、神経を興奮させる。)を自然に思い出す。





私はダンスは本当に重要だと思うんです。


Friday, 22 April 2011

田中好子さん






鏡の女たち/吉田喜重
この映画は私にとっても、とても思い入れの強い、特別な作品ですが、中でも田中さんの存在は興味深かった。

ご冥福をお祈りします。




Monday, 31 January 2011

Chara

Charaについて、いつかきちんと書かなきゃといつも謎の義務感に襲われるのですが、
とりあえずCharaだけの曲の中で、あんまり知られてなさそうで、好きな曲





あたしはここよ
中学〜高校時代の個人的テーマ曲..
これを聴きながら早退!!


ハロー(アルバム :夜明けまえ)
この曲を本当にエンディングに使いたいとずっと思っています
大好きな曲です



話して尊いその未来のことを(アルバム:strange fruits)



悲しみと美



Yes-No(カバー)




アルバムは、すべていいけど、最近のはあんまりチェック出来てないので知ってるのでは
一番有名な曲が入ってるのはJunior Sweet
マドリガルもいい

個人的に好きなのは、夜明けまえとSTRANGE FRUITS
絶対オススメがLIVEアルバムの"MOOD"


Something blueは聴いたことがない。すごい聴いてみたい。

Charaの曲は本当にすごいと思う。
今ずっと香港映画を見てて、シンガーソングライターの女の子が出て来たのでふと書きたくなった。

Thursday, 27 January 2011

L'AMANT /Marguerite Duras

私が最も好きな映画は、マルグリット・デュラスの「インディア・ソング」です。
私はそれを、デュラスが「極北の映画監督」と言われていることと、ゴダールが引用していることと、あと何か理由があって興味深く思って観たのですが、あれ以上の映画は、私個人的な好みを超えて、--無い、と言いきれる程の映画だと思います。
勿論映画には様々な切り口がありますが、デュラスのインディアソングの後にはもはや、映写機は自らが生み出す白の光を延々と見つめ続けるしかないのだ 観る人々はもう誰もいない、もうそこには誰もいないのだから。




L'AMANTは素晴らしい小説だった。
大人になったからわかるのかもしれない。
この小説には、デュラスの生きた時間と、当時の時代の匂いが、

まだある、

私という時間を通して..
、それは、豊かさという言葉では計れない程の激しさを、優しさを、目の前に明らかにしてくれる




まず、写真があった
写真を見ながら、デュラスは語り出す。
母が撮っていたという家族写真から。家族の物語..  かつての自分であった少女..

そこから、写真には撮られる事のなかった、絶対的なイマージュが現れる。
残ることはなかった、写真として残ることはなかった、




彼女の小説の中で、映画の中で、最も心を揺さぶるもの。




時間--記憶--  


気付くと音が溢れ、もうすべてが、そこにある



もうどこにもないもの、
だけど、永遠にあるもの


少女は作家になろうと思う。